「今回こそは成功してみせる。その為には‥‥‥」
そこで言葉を切った彼女の口元は、楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「殿下!! また城を出ようとして」
城門で、ナイガットの怒鳴り声が響く。
彼の正面には、コンスールが立っている。
そしてコンスールは、頭から布を被り、薄汚れた格好をした男を捕まえていた。
「何でばれたんだ!? 絶対分からないと思ったのに!」
薄汚れた格好の男――ツァントが暴れながら言う。
それを見ながら呆れた風にナイガット。
「確かに、町中じゃわかりにくいかもしれませんが‥‥‥。さすがに城内ではね」
「こんな薄汚い格好、いかにも怪しいと言ってる様なものですよ」
ツァントを押さえながら、コンスールも意見する。
「それに、今日は王様からいいつかった仕事があるんですから。 逃げられないと思ってください」
「え〜っ」
「『え〜っ』って、ツァント様。 仮にも成人した方の言う台詞ですか‥‥‥」
音にして言えば、がくりといった感じで肩を落とすナイガット。
ツァントの首根っこを押さえていらコンスールも、疲れた顔をしている。
「兎に角、です。今日はしっかりと仕事をしてもらいますから! そのつもりで」
びしっと、ツァントに指を向け言い放つナイガット。
「つかさ、仮にも王子様の俺に指を指すってどうよ?」
脱走に失敗したせいか、かなり王族らしくない扱いをされるせいか、ツァントは唇を尖らせる。
「仮にも王子なら、仮にも王子らしい行いをして下さい」
拗ねるツァントをずるずる引きずりながら、コンスールが言う。
確かに、ツァントは王子として威厳がなさすぎた。
誰も、コンスールに引きずられる薄汚い格好の青年を見て、自分の国の愛すべき王子様だとは思うまい。
だから二人も、大声で怒鳴っている訳だが‥‥‥。
もしかすると、5歳下のミノルツァ王女のほうが、いざというときは威厳があるかもしれない。
結局、部屋までずるずると引きずられて来たツァントは、豪華な椅子に座らされた。
先ほど、自分で言っていたように、仮にも王子。
ツァントには、広い自室とは別に、隣の部屋に執務室があった。
ただ、普段は滅多に使われることがなかったが……。
ツァントの座る机には紙束が置かれ、部屋の出入り口にはコンスールとナイガットが立つ。
「二人とも出ていかないのか?」
いくら護衛官といっても、四六時中傍についている訳ではない。
いつもなら、ツァントを捕まえると部屋の外で警備に当たる二人だったが、何故か今日は彼と同じ部屋の中にいる。
怪訝そうに二人を見やるツァントに、ナイガットが答える。
「えぇ、今日はイスラム殿に頼まれて」
「くそ爺に?」
「くそじ……、はい。イスラム殿に、です」
微妙な表情で、返すナイガット。
当たり前だ。
ツァントが『くそ爺』呼ばわりする、イスラムという人物は、前王、ツァントの祖父の護衛官だった男だ。
今は、年のため兵士の身を引退して、ツァントの教育係らしきことをしているが、いわば二人の大先輩。
そんなイスラムが、例えツァントであっても『くそ爺』と呼ばれると、何とも言えない悲しさやら、むなしさやらで、顔が引きつる。
「なんて頼まれたんだ?」
そんなナイガットの表情にお構いなしに、ツァントは聞く。
「今日は、アイカ様が来られるそうなので、」
言いかけた時だった。
がたんっ!!
大きな音がして、二人が見るとツァントが椅子を大きく引いて、立ち上がっていた。
「殿下?」
驚いてコンスールが訪ねる。
しかしツァントはそれどころでは無いらしく、二人に命令を下した。
「今すぐ扉に鍵を掛けろ!早く!」
普段、滅多に命令をしないツァントの行動に、驚きつつもしっかりと鍵を閉める。
「‥‥‥よし。ちゃんと閉めたな?」
「殿下? 一体どうしたんです?」
「‥‥つを入れ‥な」
「「は?」」
よく聞こえなかったため、聞き返す二人。
「あいつを入れるな! 絶対入れてはいけないからな!」
突然大声で話すツァント。それを見て、唖然とする二人。
「は、ぁ‥‥?」
かろうじて、コンスールが返事を返した。
そんな時だった。
『ツ・ぅ・ちゃ・ん』
扉の外から、若い女の声が聞こえてきた。
「き、来たぁぁぁぁぁ!」
その声を聞いた瞬間、ツァントが叫んで部屋の奥へと‥‥‥逃げた。
「ツァント様?‥‥なぁ、ナイガット。何なんだ?」
「知らん。陛下、あの声は誰です?」
ナイガットが聞いた時、また扉の外から声が聞こえた。
『ツーちゃん、来たわよ。開けて?』
今度はノック付きで。
「陛下? 客のようですが」
「違う!客じゃない。開けるなよ、ナイガット!」
焦るツァント。そして、二人に向かって来い来い、と手を上下に振る。
そんな王を見て、ますます訳の分からなくなる二人。
『開けないんだったら、自分ではいるからね?』
もちろん鍵のかかっている扉は開かず、がちゃがちゃとなるだけ。
『え?ちょっとツーちゃん?鍵かかってる!開けてよ』
「いいか、二人とも。命が惜しけりゃ声をだすなよ?」
こそこそと喋るツァント。
外から聞こえる声に、耳を傾けながら
(本当にいいのか?)などと考える二人だが、とりあえず主君の言葉に従う。
しかし、だんだん扉を叩く音や、取っ手を回す音が激しくなってきている。
さすがに、外にいる人物が誰か気になり出した二人。
「陛下、とりあえず扉越しに名前だけでも聞いてみては?」
言ったのは、好奇心の強いコンスール。
「ば、声を出すなってば!」
あくまで小声で注意をするツァント。しかし、時すでに遅かったらしい。
『あ、今声がした。やっぱり中にいるんじゃない!』
一時止みかけた扉を叩く音などが、また聞こえだした。
「ちくしょう、帰るかと思ったのに!」
悔しそうに呟く。
外にいる人物も、だんだん無視されることに痺れを切らしたのか、声のトーンがやや低くなっている。
『ツーちゃん?どうしても開けないっていうつもり?』
その声にはっとしたツァントは、急いで二人の護衛官を呼ぶ。
「ナイガット、コンスール!こっちへ来い!!」
言うのが早かったのか、それとも‥‥‥
ドガシャーン!!!!!
「な、なんで?」
「え?ちょ、と、扉が」
光が走って扉が破壊されるのが早かったのか。
「き‥‥‥来た」
青ざめたツァントが、そう呟いたとき。
「ツーちゃん!久しぶりね」
先ほどまで外にいた女性の声が、ツァントの傍で聞こえる。
そして、走って二人の元までやって来たツァントは、何者かに抱きつかれた。
「なかなか部屋に入れてくれないから、自分で入って来ちゃったわ」
ということは、扉を破壊したのは彼女なのだろう。全く悪びれずに言う。
彼女は、薄緑のローブを着ていて、歳は二十代前半。容姿は悪くなく、むしろ整っていて美人の部類に入るだろう。
しかし、彼女には一つだけ問題があった。
「は、離してくれ‥‥アイカ」
アイカ―――城に使える魔法使いは、何かに夢中になると周りが見えなくなる癖があるのだ。
新しい魔法の開発に、誰彼かまわず人を使ったりするものだから、彼女に知人は片手に足りるほど少なかった。
かくゆうツァントも何故か、王なのに親しくされ、過去何度も、王なのに実験台に使われ、痛い目に合っている。
「陛下、大丈夫ですか?」
ぐったりとしているツァントに、おそるおそるといった感じでナイガットが尋ねる。
「あ、あぁ。なんとか」
「あら、もしかしてあなた達ツーちゃんの護衛官?」
まだツァントに抱きつきながら、アイカは二人の方を見る。
「ええ。私は、ナイガットと申します。こちらはコンスール」
「どうぞ、お見知り置きを」
丁寧に挨拶をする二人。
「あら、こちらこそ。私はアイカ。この城の魔法使いよ」
「あなたが、ですか?」
「以外?」
「ええまあ。以外です」
そんなアイカとコンスールの会話を余所に、ツァントはなんとかアイカから逃れる。
「そういえばアイカ様は、なにか用事があったのでは?」
ふと、ナイガットが聞いた。
「そうだった!忘れてたわ」
嬉しそうにアイカがナイガットへお礼を言う。そして、ツァントへ向き直ったアイカは言った。
「陛下、今から少し私の部屋へ来て下さいません?」
話が盛り上がっているすきに、部屋から逃げようとしていたツァントだったが、
ナイガットのせいで、アイカの意識がこちらへ向いてしまった。
「理由は?」
即、断ってしまいたかったが、邪魔な好奇心が質問をさせてしまう。
「もちろん、新しい魔術の開発を手伝って頂きたく」
やはりというか、なんというか。
ツァントは半ば予想していた答えを聞き、泣いてしまおうかと思う。
過去に何度も体験した魔術の開発の手伝いに、無事ですんだ覚えはなく、いつもどこか怪我をしていた。
おそらく、今回の開発も手伝えばただではすまないだろう。
「‥‥‥ちなみに、俺は王だが拒否権は」
「ありませんよ」
にこりと笑いながらアイカ。
ツァントより、幾つか年上なだけだろうアイカ。
けれど、その迫力は計り知れない何かがあった。
そのころになって、アイカに何とも言えない恐ろしさを感じたのだろう。
王の護衛官たちは無口になっていた。
「代理は」
「利きます」
即答。
つまり、実験台がいればアイカには誰でもいいのだろう。
その適当さが、今のツァントには救いに思える。
「あ、じゃあ俺の護衛官を使ってくれ」
「「陛下!?」」
予想していなかったことを告げられ、二人は情けない顔になる。
「大丈夫。アイカは、命に関わる事は絶対にしないから」
そんな保証をされると、安心したくても出来ない。
命に関わらないことなら、何でもされてしまうのだろうか?
恐ろしくて、二人は質問出来ないでいる。
「アイカも。どうだ?二人とも体力もあるしぴったりだろ?」
何にぴったりだというのか。
ツァントは、自分が実験台から逃れるのに必死だ。
アイカも、だんだん二人を使うのに乗り気になっている。
「ん〜そうね。ぴったりかも。しかも二人もいるし」
おそらくその瞬間に、二人の今日の予定(運命)は決まってしまったのかも知れない。
「じゃあ決まりだな。今日はこいつらを実験だ‥‥助手に使ってやってくれ」
完璧に難を逃れられると確信したツァントは、晴れ晴れしい笑みを浮かべる。
「へ、陛下‥‥」
王に逆らう事も出来ず、このままアイカに着いていくしかない二人。
いい知れない恐ろしさを感じるのは、二人の気のせいだろうか?
この後の二人が、体中至る所に包帯を巻いていたことや、
何の臭いかは分からないが、強烈な異臭がしていたということは、
城で二人に会った者しか知らないこと‥‥‥。
そして、そんな二人のおかげで、アイカの新しい魔法の開発が成功したのかは、
当人だけの、企業秘密だそうだ‥‥‥。