使わすとき

「今回こそは」と、女は呟く。
暗い部屋で蝋燭も灯さず、窓から下の景色を見つめながら。

「今回こそは成功してみせる。その為には‥‥‥」

そこで言葉を切った彼女の口元は、楽しそうな笑みが浮かんでいた。




「殿下!! また城を出ようとして」

城門で、ナイガットの怒鳴り声が響く。
彼の正面には、コンスールが立っている。
そしてコンスールは、頭から布を被り、薄汚れた格好をした男を捕まえていた。

「何でばれたんだ!? 絶対分からないと思ったのに!」

薄汚れた格好の男――ツァントが暴れながら言う。
それを見ながら呆れた風にナイガット。

「確かに、町中じゃわかりにくいかもしれませんが‥‥‥。さすがに城内ではね」
「こんな薄汚い格好、いかにも怪しいと言ってる様なものですよ」

ツァントを押さえながら、コンスールも意見する。

「それに、今日は王様からいいつかった仕事があるんですから。 逃げられないと思ってください」
「え〜っ」
「『え〜っ』って、ツァント様。 仮にも成人した方の言う台詞ですか‥‥‥」

音にして言えば、がくりといった感じで肩を落とすナイガット。
ツァントの首根っこを押さえていらコンスールも、疲れた顔をしている。

「兎に角、です。今日はしっかりと仕事をしてもらいますから! そのつもりで」

びしっと、ツァントに指を向け言い放つナイガット。

「つかさ、仮にも王子様の俺に指を指すってどうよ?」
脱走に失敗したせいか、かなり王族らしくない扱いをされるせいか、ツァントは唇を尖らせる。

「仮にも王子なら、仮にも王子らしい行いをして下さい」

拗ねるツァントをずるずる引きずりながら、コンスールが言う。
確かに、ツァントは王子として威厳がなさすぎた。
誰も、コンスールに引きずられる薄汚い格好の青年を見て、自分の国の愛すべき王子様だとは思うまい。
だから二人も、大声で怒鳴っている訳だが‥‥‥。
もしかすると、5歳下のミノルツァ王女のほうが、いざというときは威厳があるかもしれない。




結局、部屋までずるずると引きずられて来たツァントは、豪華な椅子に座らされた。
先ほど、自分で言っていたように、仮にも王子。
ツァントには、広い自室とは別に、隣の部屋に執務室があった。
ただ、普段は滅多に使われることがなかったが……。
ツァントの座る机には紙束が置かれ、部屋の出入り口にはコンスールとナイガットが立つ。

「二人とも出ていかないのか?」

いくら護衛官といっても、四六時中傍についている訳ではない。
いつもなら、ツァントを捕まえると部屋の外で警備に当たる二人だったが、何故か今日は彼と同じ部屋の中にいる。
怪訝そうに二人を見やるツァントに、ナイガットが答える。

「えぇ、今日はイスラム殿に頼まれて」
「くそ爺に?」
「くそじ……、はい。イスラム殿に、です」

微妙な表情で、返すナイガット。

当たり前だ。
ツァントが『くそ爺』呼ばわりする、イスラムという人物は、前王、ツァントの祖父の護衛官だった男だ。
今は、年のため兵士の身を引退して、ツァントの教育係らしきことをしているが、いわば二人の大先輩。
そんなイスラムが、例えツァントであっても『くそ爺』と呼ばれると、何とも言えない悲しさやら、むなしさやらで、顔が引きつる。

「なんて頼まれたんだ?」

そんなナイガットの表情にお構いなしに、ツァントは聞く。

「今日は、アイカ様が来られるそうなので、」

言いかけた時だった。
がたんっ!! 大きな音がして、二人が見るとツァントが椅子を大きく引いて、立ち上がっていた。

「殿下?」

驚いてコンスールが訪ねる。
しかしツァントはそれどころでは無いらしく、二人に命令を下した。

「今すぐ扉に鍵を掛けろ!早く!」

普段、滅多に命令をしないツァントの行動に、驚きつつもしっかりと鍵を閉める。

「‥‥‥よし。ちゃんと閉めたな?」
「殿下? 一体どうしたんです?」
「‥‥つを入れ‥な」
「「は?」」

よく聞こえなかったため、聞き返す二人。

「あいつを入れるな! 絶対入れてはいけないからな!」

突然大声で話すツァント。それを見て、唖然とする二人。

「は、ぁ‥‥?」

かろうじて、コンスールが返事を返した。
そんな時だった。

『ツ・ぅ・ちゃ・ん』

扉の外から、若い女の声が聞こえてきた。

「き、来たぁぁぁぁぁ!」

その声を聞いた瞬間、ツァントが叫んで部屋の奥へと‥‥‥逃げた。

「ツァント様?‥‥なぁ、ナイガット。何なんだ?」
「知らん。陛下、あの声は誰です?」

ナイガットが聞いた時、また扉の外から声が聞こえた。

『ツーちゃん、来たわよ。開けて?』

今度はノック付きで。

「陛下? 客のようですが」
「違う!客じゃない。開けるなよ、ナイガット!」

焦るツァント。そして、二人に向かって来い来い、と手を上下に振る。
そんな王を見て、ますます訳の分からなくなる二人。
『開けないんだったら、自分ではいるからね?』
もちろん鍵のかかっている扉は開かず、がちゃがちゃとなるだけ。
『え?ちょっとツーちゃん?鍵かかってる!開けてよ』
「いいか、二人とも。命が惜しけりゃ声をだすなよ?」
こそこそと喋るツァント。
外から聞こえる声に、耳を傾けながら (本当にいいのか?)などと考える二人だが、とりあえず主君の言葉に従う。
しかし、だんだん扉を叩く音や、取っ手を回す音が激しくなってきている。
さすがに、外にいる人物が誰か気になり出した二人。
「陛下、とりあえず扉越しに名前だけでも聞いてみては?」
言ったのは、好奇心の強いコンスール。
「ば、声を出すなってば!」
あくまで小声で注意をするツァント。しかし、時すでに遅かったらしい。
『あ、今声がした。やっぱり中にいるんじゃない!』
一時止みかけた扉を叩く音などが、また聞こえだした。
「ちくしょう、帰るかと思ったのに!」
悔しそうに呟く。
外にいる人物も、だんだん無視されることに痺れを切らしたのか、声のトーンがやや低くなっている。
『ツーちゃん?どうしても開けないっていうつもり?』
その声にはっとしたツァントは、急いで二人の護衛官を呼ぶ。
「ナイガット、コンスール!こっちへ来い!!」
言うのが早かったのか、それとも‥‥‥


ドガシャーン!!!!!


「な、なんで?」
「え?ちょ、と、扉が」
光が走って扉が破壊されるのが早かったのか。
「き‥‥‥来た」
青ざめたツァントが、そう呟いたとき。
「ツーちゃん!久しぶりね」
先ほどまで外にいた女性の声が、ツァントの傍で聞こえる。
そして、走って二人の元までやって来たツァントは、何者かに抱きつかれた。
「なかなか部屋に入れてくれないから、自分で入って来ちゃったわ」
ということは、扉を破壊したのは彼女なのだろう。全く悪びれずに言う。
彼女は、薄緑のローブを着ていて、歳は二十代前半。容姿は悪くなく、むしろ整っていて美人の部類に入るだろう。
しかし、彼女には一つだけ問題があった。
「は、離してくれ‥‥アイカ」
アイカ―――城に使える魔法使いは、何かに夢中になると周りが見えなくなる癖があるのだ。
新しい魔法の開発に、誰彼かまわず人を使ったりするものだから、彼女に知人は片手に足りるほど少なかった。
かくゆうツァントも何故か、王なのに親しくされ、過去何度も、王なのに実験台に使われ、痛い目に合っている。
「陛下、大丈夫ですか?」
ぐったりとしているツァントに、おそるおそるといった感じでナイガットが尋ねる。
「あ、あぁ。なんとか」
「あら、もしかしてあなた達ツーちゃんの護衛官?」
まだツァントに抱きつきながら、アイカは二人の方を見る。
「ええ。私は、ナイガットと申します。こちらはコンスール」
「どうぞ、お見知り置きを」
丁寧に挨拶をする二人。
「あら、こちらこそ。私はアイカ。この城の魔法使いよ」
「あなたが、ですか?」
「以外?」
「ええまあ。以外です」
そんなアイカとコンスールの会話を余所に、ツァントはなんとかアイカから逃れる。
「そういえばアイカ様は、なにか用事があったのでは?」
ふと、ナイガットが聞いた。
「そうだった!忘れてたわ」
嬉しそうにアイカがナイガットへお礼を言う。そして、ツァントへ向き直ったアイカは言った。
「陛下、今から少し私の部屋へ来て下さいません?」
話が盛り上がっているすきに、部屋から逃げようとしていたツァントだったが、 ナイガットのせいで、アイカの意識がこちらへ向いてしまった。
「理由は?」
即、断ってしまいたかったが、邪魔な好奇心が質問をさせてしまう。 「もちろん、新しい魔術の開発を手伝って頂きたく」 やはりというか、なんというか。 ツァントは半ば予想していた答えを聞き、泣いてしまおうかと思う。
過去に何度も体験した魔術の開発の手伝いに、無事ですんだ覚えはなく、いつもどこか怪我をしていた。
おそらく、今回の開発も手伝えばただではすまないだろう。
「‥‥‥ちなみに、俺は王だが拒否権は」
「ありませんよ」
にこりと笑いながらアイカ。
ツァントより、幾つか年上なだけだろうアイカ。
けれど、その迫力は計り知れない何かがあった。
そのころになって、アイカに何とも言えない恐ろしさを感じたのだろう。
王の護衛官たちは無口になっていた。
「代理は」
「利きます」
即答。
つまり、実験台がいればアイカには誰でもいいのだろう。
その適当さが、今のツァントには救いに思える。
「あ、じゃあ俺の護衛官を使ってくれ」
「「陛下!?」」
予想していなかったことを告げられ、二人は情けない顔になる。
「大丈夫。アイカは、命に関わる事は絶対にしないから」
そんな保証をされると、安心したくても出来ない。
命に関わらないことなら、何でもされてしまうのだろうか?
恐ろしくて、二人は質問出来ないでいる。
「アイカも。どうだ?二人とも体力もあるしぴったりだろ?」
何にぴったりだというのか。
ツァントは、自分が実験台から逃れるのに必死だ。
アイカも、だんだん二人を使うのに乗り気になっている。
「ん〜そうね。ぴったりかも。しかも二人もいるし」
おそらくその瞬間に、二人の今日の予定(運命)は決まってしまったのかも知れない。
「じゃあ決まりだな。今日はこいつらを実験だ‥‥助手に使ってやってくれ」
完璧に難を逃れられると確信したツァントは、晴れ晴れしい笑みを浮かべる。
「へ、陛下‥‥」
王に逆らう事も出来ず、このままアイカに着いていくしかない二人。
いい知れない恐ろしさを感じるのは、二人の気のせいだろうか?





この後の二人が、体中至る所に包帯を巻いていたことや、
何の臭いかは分からないが、強烈な異臭がしていたということは、
城で二人に会った者しか知らないこと‥‥‥。

そして、そんな二人のおかげで、アイカの新しい魔法の開発が成功したのかは、

当人だけの、企業秘密だそうだ‥‥‥。