太陽が真上に差し架ったころ、城の一角で声が響いた。
「どこ行ったんだ〜!?」
叫びがだんだん涙声になってきているのは、たぶん気のせいだろう。
声の主、コンスールは、自室に篭り何かを探していた。
はたから見れば、二十五歳にはに見えない落ち着きのなさだ。
それに加え、荷物を何もかも引っくり返した部屋は、とても汚い。
このままだと、何があったか知らない人間が入って来たら、腕の悪い泥棒が入ってきたと勘違いされそうだ。
「おい、コンスール。何してるんだ?」
ひょい、と顔を出したのは、同僚のナイガット。
同僚……と言っても、王の信頼を得て就くと言われる護衛官という職は
コンスールとナイガットの二人だけしかいない。
そうなると、この二人は王に信頼された優秀な人材と言えるが、信頼というよりは『気に入られた』だけと言った方が正しいかもしれない。
まぁ、それだけでここまでの職に就けるなど、信じないのが世の常。
なので二人はそれなりに、羨望の眼差しが周りから注がれることとなっていた。
「おぉ、ナイガットっ、よく来てくれた!コーの神に感謝だな」
この国の信仰する神に感謝を捧げつつ、 逃がさぬようにとナイガットの服の裾をつかむコンスール。
「ちょっとお前に、探して欲しいものがあるんだ」
そうして、いつものにやにや顔を浮かべだした。
「は?いや、コンスール?」
それを見て、少し顔が引きつったナイガット。
彼の笑顔には、ろくなことが待っていないと、普段よく一緒にいるナイガットは知っていた。
後ろに下がりたい彼だが、ぐいぐいと服を引っ張られているため
悲しいかな前に進むしか出来ない。
そして、内心では焦りと疑問が渦巻いている。
「ちょっと待て、お前。落ち着けよ。探すって何を探すんだよ?」
必死で後ろに下がろうとするナイガット。
「まぁまぁ、話は中に入ってしようや」
そんなナイガットを、必死で引っ張るコンスール。
「……で?お前は俺に何を探させようというんだ?」
勝利はコンスールが掴んだようだ。
少しむすっとした顔のナイガットが、閉められた扉にもたれながら尋ねる。
「そんなに怒りなさんな。ハンサムな顔が台無しだぜ?」
一方のコンスールは、何が嬉しいのかにやにやしっぱなしだ。
「知ってるか。俺とお前、この城の兵達の中で10本の指に入るほど人気らしいぜ」
「は?何だそれ」
「知らね。どこぞの馬鹿そうな侍女たちが言ってたのを聞いた」
「馬鹿は言い過ぎだ。 あれが女性の可愛らしさだろ」
あまりと言えばあまりなコンスールの言葉に、ナイガットがフォローを入れた。。
「うー、無理。 俺そうゆう女が一番嫌いだもん」
「ふーん。で?探し物は?」
コンスールの女嫌いは知っていたので、それ以上言うつもりも無かったようだ。
当初の目的を問いただす。
「えっ……と、実は」
何やら少し気まずそうな表情になりながら、探し物について話だしたコンスール。
「実は、な。俺、この前ツァント陛下から、預かった物があってさ」
ちら、と話を聞くナイガットを盗み見るコンスール。ナイガットは、無言で続きを促す。
「……でさ、昨日の夜中、寝る前に部屋の整理してたら、ツァント陛下がここに来たんだよ」
「ここにっ? いつ頃だ」
驚きの声をあげるナイガット。
それはそうだろう。いくら護衛官で王と部屋が近いと言っても
夜中に、寝ていたはずの王が来るなんて。立派な問題だ。
「えーっと、俺がベッドに入ったのが1時頃だったから、12時半くらいかな」
「……てことは、昨日のあれは狸か」
やけに寝るのが早いと思った。
溜め息をつくナイガットを横目に、逸れた話を戻すコンスール。
「それで言われたんだ『この前預けたものを明日、使う用事があるから用意しておいてくれって』……でもないんだよ」
「だから、何が?」
いい加減、話の長いコンスールに苛々してきたナイガットは、結論を言うように促す。
「その、……………紋章付きの短剣」
「ん〜? ごめん何つった。よく聞こえなかったわ」
「えっとな、紋章付きの短剣」
「あっはは。 わりぃコンスール、なんか俺さ耳遠くなったみたいだわ。 もっかい大きな声で聞かせてくれる?」
それはもう、ニッコリと。
コンスールの言っていた『馬鹿そうな侍女たち』も喜びそうな、素敵で素晴らしい笑みを目の前の男に見せた。
それを見せられたコンスールは、堪ったものではない。
目線は左右上下に振れまくり、額には汗の粒が浮かび……若干涙目である。
しかし、一度口から出してしまったものはしょうがない。
あとは、はっきりとナイガットに聞かせるだけである。
覚悟を決めたのか、コンスールの喉が、こくりと動いた。
「あのな、じつは……えっと、紋章付き、の短剣が見あたらないんだ。 どこにも」
「ふざけろや、このやろう」
──ガシャン
手持ちぶさただったため、そこらにあったガラスのサイを投げて遊んでいたナイガット。
しかしその言葉と同時に、手のひらに収まったサイを、握りしめそして潰した。
「うわっお前!それ高いんだぞ」
「それどころじゃない!!短剣だぞっ、しかも紋章付きのっ。お前それがどんなに大切か、ちゃんと分かってんのかぁ」
サイの文句を言ったコンスールに、ナイガットが勢いよく掴みかかる。
「えぇっと、オウジサマノショウメイショナンダヨネぇぇ」
「ああ、そうだよ。王子の身分を表す大切な物だよっ。 ちくしょうっ」
その声は震えていた。それは、怒りからくるのか驚きからくるのか。
「で、短剣はいつ使うって?」
「きょ、今日の夜の宴会だそうだ」
こちらも声が震えているが、それはただ肩を揺すられているから。
あと、ナイガットが怖いから。
「はっ? 今日? 聞いてないぞ」
絶句するナイガット。窓を見れば空が赤みがかってきている。
「と、とにかく、早く探すぞ」
と、その時だった。
トントントン
「コンスールいるか? つぅかいるよな、声が聞こえるし。入るぞ」
そういって入ってきたのは
「「……殿下」」
ツァントだった。
「お、ナイガットもいるじゃん。 どうしたんだ? こんなに散らかして。 喧嘩か?」
「い、いぇ。喧嘩じゃないですよ。 それにしても殿下、今日はお早いですね? まだ夜が明けきっていませんが」
相変わらず、整った顔立ちに似合わず、乱暴な口調で話すツァント。
それに対して、たじたじに話しているナイガット。
「そうだ、コンスール。昨日言っておいた短剣、用意しといてくれたか?」
「う゛」
「そろそろ準備をしろと、イス爺が煩いからな」
機嫌がいいのか、笑顔で喋りまくるツァント。
しかし、喋りまくればまくるほど、護衛官二人は追い詰められていく。
そして、ついに覚悟を決めた二人は、ツァントに話すことにした。土下座付きで。
「殿下! 実はあの短剣」
「預かり物にもかかわらず」
「「無くしてしまいましたっ!」」
声を揃え、がばっと頭を下げた二人。
「………」
「………」
「………」
しばらく続く無言。
耐えきれなくなった二人は、恐る恐る顔をあげてみた。
「……………あのぉ、」
「殿下?」
座り込み、うつ向き肩を震わすツァントを見て、二人は問いかけた。
しかしツァントは、何も反応せずただ肩を震わすのみ。
いや、その他にもう一つ。
「…く…くく、ふふふ」
なぜか笑い声が聞こえてきた。
その声に、ナイガットとコンスールにある考えが閃いていた。
「「もしかして…………だ、騙された。 のか?」」
「っあはははは!! く、お前ら、はは最高」
そう言って、笑いながら懐から取り出されたのは
「っ短剣っ!?」
「どうして!」
ツァントが持っている筈の無い短剣が出てきて、はっとする二人。
「殿下?」
「話してくれますよね?」
けれど、その驚いた顔は、だんだん菅めた目付きに変わっていく。
「と言うより、話して貰いますからね」
「え? あ、あぁ。うん、話す……」
ひとしきり笑ったツァントも、部屋のなかに入れられ、話を聞くこととなった。
「実はな……」
この前、短剣を預けた次の日。
コンスールの部屋に忍び込んだツァントは、短剣を持って帰ったという。
そして、そのまま忘れていたのだが、ふとしたきっかけで思いだした。
そこで、城から脱け出すツァントを、いつもいつも連れ戻しにやってくる、
仕事に忠実な護衛官をからかってやろうと考えたらしい。
要するに、逆恨みとやつあたりからの計画だということだ。
そう説明したツァントは
「結構楽しかった」
と、素直な感想を洩らした。
対して、逆恨みとやつあたりの対象になった二人は、それは良かった。と返せる筈もなく。
「ほぉ。そんなに楽しかったんですか」
「さぞやすっきりされたんでしょうね?」
低い声で、そう返した。
その時になって、ようやくツァントは気付いた。
二人が、笑いを浮かべていることに。
「お、おい?」
彼等の浮かべる笑みに、いい思い出があった試しがない。
まだ彼らと、一年ちょっとしか過ごしていないツァントだが
そのことは自分自身、充分知っていた。
「次の日に持って帰られた、ということは」
「あるはずないんですよね。今、ここに」
コンスールとナイガットはにこにこ笑いながら、 ……いや、目だけはおもいきりツァントを睨みつけながら話す。
「あ、ぁ。 まぁ…さ、そういうことになるかな」
二人の視線を感じながら、愛想笑いを浮かべるツァント。
その体は意識的にか、無意識なのか、外へ出ようと扉へ近づく。
「そうですよね。やっぱり」
コンスールがそう言うと、ナイガットが再び外に繋がる扉へもたれる。
「そういえば殿下、確か今夜はパーティーがあるんでしたね」
もたれながら、ツァントに話しかけるナイガット。
「ああ。父上達の賓客を招いて、な。 今日は俺も接待をするんだそうだ」
だからそこをどけ、と口では恐くて言えない王子。 目で訴える。
「ほぉ……、ツァント様のお披露目ですか。 なぁコンスール。俺、思うんだけど」
横にいるコンスールに、ナイガットが話しかける。
「パーティーの主役ってもんは、遅れていくもんだと思わねぇ?」
「げ」
背後から聞こえた言葉に、顔を歪ませるツァント。
「あ、それ思う思う。絶対遅れて行くべきだな」
続いて聞こえるコンスールの言葉に、声も出ないツァント。
「と、言うわけなんで」
がしっと、ツァントの肩を掴んだナイガットの顔には、素晴らしい笑みが浮かんでいた。
「時間の余った殿下には……」
そこで一旦言葉を切るナイガット。
見ると、目の前のコンスールもにやにや笑いを浮かべている。
「今から王族の存在意義とあり方でも、お教えいたしましょうか。 先日のお勉強で抜け出したでしょう? ちょうどこれをやる予定だったって、先生がおっしゃっていましたよ」
「それに、今日あるパーティーでの、マナーなんかもね」
「・・・・・・・・・い、いや、俺ってば結構優秀な王子様だし?
そんな必要ないっていうか〜、マナーもバッチリだしぃ‥‥‥」
「いえいえ、念には念を入れ、ですよ。な、ナイガット?」
「そうそう、いくら殿下が公の場では、素晴らしい王子様を演じていようと
いつ、ぼろが出るか分かったもんじゃないですしね」
「演じるって‥‥‥ぼろがでるって‥‥‥」
公の場では、
自分の警護官の、あまりの言いように、少しショックを受ける。
そして、あまりの二人の黒い笑みに、悪戯をした自分を呪った。
「さぁ、殿下には立派な椅子を」
「い……」
「い?」
「いぃ〜やぁ〜だぁ〜っ!!」
「さぁ、そんなこと言わずに。椅子に座る」
「まず、王族の存在意義とは・・・・・・」
「聞きたくない〜〜〜〜!!」
その後、遅れて宴会に来たツァントが、いつもより儚げで美しかったった、とか
いつも以上の細かい気遣いをしてくれた、と招いた客達に好評だったのかは
・・・・・・その場にいた人々しか知らないことだ。