「ね、何書いてんの?」
ある夏の、暑い夜。 私と彼は、川で花火をしていた。
最後の花火が終わって、その後は水際の少し湿った砂の上に、二人で並んで座っていた。
数分後、彼が何を思ったのか、砂に文字を書き出した。
私は、何を書いているのか見ようとしたけれど、暗くてよく見えず、彼に直接聞いた。
「ん〜? 内緒」
私が聞いても、彼は動かしていた腕を止めて、私のほうをみて笑っただけで、教えてはくれなかった。
「どうしてよ?」
「どうしても」
そう言うと、彼はまた笑って、砂の上に視線を戻した。
「何書いてるか見えるの?」
不思議に思って聞いてみた。
「見えるよ」
「ふぅん。 ……変なの。目ぇいいね」
少し、間が空いて呟いた私の言葉に、彼は笑った。
私が、教えてくれないことに拗ねていたのに気づいたみたいだった。
仕方がない、というような顔をして私の方を向いたのが、暗かったけどなんとなく分かった。
「それじゃあ、ヒントをあげる」
「ヒント?」
「そう、ヒント。 あのね、今日が……って言っても、後数時間だけど、何日か分かる?」
砂に書いているものと関係があるとは、とても思えなかったけど、少しだけ考えて答えた。
「え……っとぉ、今日は7月の7、日だっけ?」
「正解。 あ、でもこれは、ヒントの正解だからね」
簡単な答えだったけど、7月7日に何か意味があるのか、よく分からない。
ただ、今日は七夕の日で……。
「七夕?」
「正解。 それが本当の正解」
ふっ、と笑った後彼はそう言った。
でもまだ、意味がよく分からない。
そんな私の様子に気づいて、彼は言った。
「携帯貸してごらん」
私は、素直に携帯を彼に渡して、もう少し彼に近寄って座り直した。
「見てごらん」
そう言って彼は、携帯電話の画面の明かりで、砂を照らした。
私の視線は、彼の腕をたどって、画面の光が照らす砂を見た。
「……すごい」
明かりに照らされた砂は、その部分だけがキラキラと光っていた。
まるで、天の川がこの砂の上に、縮まって張り付いたように。
「どう、感動した?」
私は、しばらく砂の上から視線をそらせなかった。
もちろん、彼に聞かれた時も。
「感動して、声も出ない?」
私が、声も出さずにうなずくと、隣でくすっと笑う声がした。
「あれ? ねぇ、さっき砂に何か書いてるんだと思ってた」
「あぁ、さっきね。 うん、書いていたよ」
「何書いてたの? これじゃないよね」
私は、”砂の天の川”を指しながら聞いた。
暗くて、私には何が書かれているのかよく見えなかったけれど、それでも彼がさっき書いていたのは、文字だというくらいは分かる。
「うーん、確かに書いてたのはこれじゃないけど」
「けど?」
途中で言葉を止めた彼を、何気なく促す。
「やっぱり内緒〜」
そう言って、彼はにこりと笑って、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
私は、彼の言おうとしていた言葉が、とても気になって聞き出そうかと思ったけど、やっぱり止めた。
なんだか今は彼と話をするよりも、この地上に落ちてきた天の川を、二人でそっと眺めていたかったから。
でも、やっぱり何を書いたのかが、少しだけ気になっていた私は、最後にぽつりと言った。
「……けち」
そう言って、光を見続ける私に、今日何回目かになる笑みを向けて、そっと囁いた。
「結婚、しよう」
もちろん、隣に座っている私にはちゃんと聞こえていたけれど、返事はすぐにはしなかった。
そして、あふれてきた涙を止めようとも思わずに、彼の肩にそっと頭を置き、しばらく寄り添っていた。